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F次元のはじっこで

藤子・F・不二雄ファンによるブログ。ドラえもん関連の記事をかいてます。イラストサイト運営。
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宝島みたび

寛容でありたい、中庸でありたいという願望が非常に強いとずっと思っていて、仕事として関わりの薄い同僚、利害関係のない友人など、距離を置ける人に対してはそれはある程度うまくいっている。でも困ったことに、距離が近づくと途端に相手の一挙手一投足が許せなくなってしまう。―――特に家族には冷たくあたってしまう、おそらく家族からはドライで怒りんぼだと思われてるだろうな。

これほどまでに、映画ドラえもん「宝島」に対して負の感情が生じてしまっているのは、たぶん、ドラえもんという存在が近すぎる、いや、自分の内部の深いところまで沈着してしまっているからなんだろう。他の「好きな」アニメでこういう感情は起こらない。

宝島の予告第3弾が発表され、主題歌である「ドラえもん」が話題となった。
ポップな曲調で歌詞はドラえもん愛にあふれているし、もともと自分は星野源さんの曲が大好きであるので、予告第2弾までの不安はふっとび、一気に公開が楽しみ~♪になった。聴きすぎて脳内エンドレス再生し、仕事に支障も出た。
映像も、キャラデザは置いといて、よく動くし、日常パートの雰囲気がとっても気に入ったのでそちらも楽しみになっていた。

しかし状況は変わる。ラジオで「ドラえもん」がフルで聴けるということで早速聴くと、間奏に「ぼくドラえもん」のメロディーがアレンジされて入っていた。しかもかなり露骨に。それで、過去2つの記事を読んでくださった奇特な方なら分かると思うけど、一気に萎えてしまった。


出てくる新らしい情報がなぜこうもことごとく大山ドラ要素たっぷりなんだろう。制作陣が、世代的にグっとくるドラえもん愛を詰め込んでみた結果がたまたま大山ドラ成分多くなりました、だとしたら、それはドラ歴史を知らなさすぎるんじゃないか。歴史には不可逆性ってものがある。

まあ、あの大山ドラ回帰で動いている映像になら、間奏は「ぼくドラえもん」で逆に正解だよなと、ひねくれた感想も持ったりした。


ここ最近のアニメ業界における過去の作品のリメイク・続編ラッシュは、正直いかがなものかとも思っている。でもそれは本論からずれるので触れる程度にしておきたいけれども…
でも、やはり幼いころに楽しんだ作品が大人になった今、よみがえるのは嬉しいもんだ。だいたいは過去作のオマージュも仕掛けられていて、そこもニクい演出。あー懐かしいなぁ、あのころは楽しかったなぁと、思い出とともに新作を見られる喜びは大きい。

そんな気持ちを持ちつつも、過去のコンテンツにすがっていつまでもやっていくのってどうなの?という負の感情は横に潜んでいて。近いうちに、東京五輪という完全に年取った大人たちによるセルフリメイクイベントがあるし、そのテーマソングが東京五輪音頭って…っていうまあこれこそ関係ないが、現代の日本全体が共通して陥ってしまっている時代現象のひとつとしての文脈でとらえることもできる。

そんなこといってると、いやおまえ、藤子・F・不二雄っていう、もう20年も前に亡くなった人の作品をいまだに第一に楽しんでいるって、どれだけ過去の遺産にすがってるのだと言われてしまいそうだ。何より自分がそう思ってしまっている。

でも…ドラえもんは過去の遺産なんかじゃない、いまの、現在進行形の、コンテンツなんだと、胸をはって楽しみたい、というジレンマ。その、現在進行形の象徴が自分にとっては2005年から始まった新・ドラえもんなのだ。

現在進行形で子どもが楽しんでいる、現在進行形で自分が楽しんでいる。そんな場所に、過去の要素、しかもかつて公式自身がそこから脱却したはずのもの、をいきなり嬉々として持ってきた。全力で。総動員で。




なんの屈託もない笑顔で大山ドラ成分を持ち寄られ、これが俺たちのドラえもん愛だと言われて、しかもそれが公式であった。




とりあえず、一か月後だね。

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Comment

No title
編集
私も聞いてみてみましたが、(ぼくドラえもん)のメロディは余計かな、と思いました。
星野さんと私は同い年なので大山のぶ代版ドラえもん世代だから気持ちはわかりますが、ちょっと違うかなと。
同じドラえもんそのものをテーマにした楽曲(ひまわりの約束)なんかドラえもんの単語が無くてもドラえもんの世界が伝わってきました。
2018年01月20日(Sat) 12:22
>まくりさん
編集
コメントありがとうございます。
それで育ったということと、現代にその曲を使うというのはちょっと違うんじゃないかなとは思いますよね。
直球の表現と間接の表現…どちらもいいところがありますが、なかなか難しいですね(汗
2018年01月20日(Sat) 21:15












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